東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)26号 判決 1971年10月14日
東京都北区田端新町一丁目七番一四号
原告
酒井三代三
右訴訟代理人弁護士
横山正一
斉藤俊一
東京都千代田区霞が関一丁目一番一号
被告
右代表者法務大臣
前尾繁三郎
右推定代理人
光広照夫
日野照夫
小沢邦重
五味慶明
中村勲
右当事者間の所得税課税処分無効確認等請求事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
(原告)
「被告は原告に対し金八四万四、六〇一円およびこれに対する昭和四三年五月二二日から支払ずみに至るまで一〇〇円につき日歩二銭の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
(被告)
主文と同旨の判決
第二原告主張の請求原因
原告は、昭和三七年分の所得税につき確定申告をしなかつたところ、王子税務署長は、原告が昭和二七年五月より東京都北区田端新町一丁目一三〇七番の四宅地七三・二三坪(二四二・〇八平方米)について有していた借地権を昭和三七年八月一〇日東京都に対し代金五一二万六、一〇〇円で譲渡したことにより、別表記載のとおり原告の所得を確定し、昭和三八年一〇月一六日付で、原告に対し、税額六一万四、四八〇円の所得税賦課決定および税額六万一、四〇〇円の無申告加算税賦課決定(以下、これらを「本件課税処分」という。)をし、ついで、右課税に基づく国税滞納処分として、原告の東京都に対する債権を差し押えたうえ、昭和四三年五月二一日右各税とこれに対する延滞税三二万九、九六三円、合計一〇〇万五、八四三円を領収した。
しかし、原告が本件借地権を東京都に譲渡したのは、東京都から都市計画法に基づく東京都市計画事業遂行のため買収したい旨の申出を受けたことによるものである。したがつて、右譲渡による所得の算定については、租税特別措置法(昭和三八年三月三一日まで施行のものを指す。以下同じ。)三三条一項の規定により、いわゆる四分の一課税の特例が認められるものである。しかして、原告が本件借地権を取得するのに要した費用は一四〇万円であつたから、右特例規定によつて計算した譲渡所得の額は八九万四、〇二五円であり、これより基礎控除額一〇万円、配偶者控除額一〇万円および扶養控除額六万円を差し引いた六三万四、〇二五円が原告の正当な課税所得であり、これに対する所得税額は九万八、五〇〇円、無申告加算税額は九、八五〇円であつて、本件課税処分は、右金額を起える限度において、違法たるを免かれない。しかも、王子税務署長は、本件借地権の譲渡が租税特別措置法三三条一項に該当する事実を知つており、また、本件借地権の取得価額が被告主張の相続税評価額のごとく低額なものでありえないことや、原告が配偶者および扶養親族を擁していることは、僅かな調査によつて知りえたはずである。そして、右のように、国民にとつて有利な法規を適用する余地がある場合には、誠実に調査を尽くして、できる限り国民の利益となるような措置をとるのが公務員の基本的責務であるのにかかわらず、王子税務署長は、原告が呼出しに応じなかつたことを不満とするの余り、なんらの調査もせずに極めて形式的に事案を処理し、前記特例の適用を認めず、また、別表記載のごとく、取得価額を一万五、三七六円と認定し、配偶者控除および扶養控除をしなかつた瑕疵は、重大かつ明白であるというべきであるから、本件課税処分は、前記の限度において無効である。
よつて、被告に対し、王子税務署長が原告から強制徴収した一〇〇万五、八四三円のうち、正当な計算による所得税九万八、五〇〇円、無申告加算税九、八五〇円および延滞税五万二、八九二円を控除した八四万四、六〇一円を不利得として返還を求め、あわせて、右金員に対し、右徴収の日の翌日たる昭和四三年五月二二日以降支払ずみに至るまで、国税通則法所定の一〇〇円につさ日歩二銭の割合による還付加算金の支払を求める。
第三被告の答弁
原告主張の請求原因事実中、本件借地権の取得価額が一四〇万円であることを否認し、その余は認めるが、本件課税処分が違法である旨の主張はすべて争う。
租税特別措置法三三条一項に定める特例の適用を受けるためには、確定申告書等に右特例の適用を受けようとする旨を記載し、かつ、右特例による所得の計算に関する明細書その他の書類を添付しなければならない。しかるに、原告は、本係争年分の所得税確定申告書を提出しなかつたのであるから、王子税務署長が本件借地権の譲渡について右特例の適用をしなかつたことをもつて違法と論難することは、失当というべきである。
原告は本件借地権を昭和二七年一二月三一日以前から引き続き所有していたのであるから、旧所得税法(昭和四〇年法律三三号による改世前のものを指す。以下同じ。)一〇条の五第三項の規定により、譲渡所得の計算上収入から控除される金額は、昭和二八年一月一日現在における本件借地権の相続税評価額と同日以後の支出にかかる設備費、改良費の額および譲渡に関する経費の合計額である。ところが、原告からは右設備費等の費用について申告がなく、かつ、原告がこれを支出した事実も認められなかつたので、王子税務署長は、右の相続税評価額を一万五、三七六円と算出し、これを本件借地権の譲渡収入から控除したのである。
また、本件課税処分につき配偶者控除および扶養控除がされていないのは、原告が確定申告書を提出しなかつたことによるものであつて(旧所得税法二八条参照)、もとより違法である。
以上のとおり、本件課税処分にはなんら違法な点はないのであるから、それが当然無効であることを前提とする原告の本訴請求は、その理由がない。
第四証拠関係
(原告)
甲第一ないし第四号証、第五号証の一ないし三を提出し、原告本人尋問の結果を擬用し、乙号各証の成立を認めた。
(被告)
乙第一、二号証、第三、四号証の各一ないし三、第五ないし第七号証を提出し、甲第三、四号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立を認めた。
理由
本件課税処分の経続については、当事者間に争いがない。
まず、王子税務署長が、本件譲渡所得の額を算定するにつき、租税特別措置法三三条一項の規定を適用しなかつたことが違法であるかどうかについて判断する。
租税特別措置法三三条一項の規定の適用について準用される(同条三項参照)同法三一条五項の規定によれば、同法三三条一項の規定は、その適用を受けようとする年分の確定申告書または修正申告書にこの規定の適用を受けようとする旨を記載し、かつ、この規定による所得の計算に関する明細書その他大蔵省令で定める書類を添付しない場合には、これを適用しないものとすることになつているところ、原告が本係争年分の所得税の確定申告をしなかつたことは、当事者間に争いがないのであるから、王子税務署長が、本件譲渡所得額の算定にあたり、右の規定を適用しなかつたことは、もとよりり違法ではないといわなければならない。
次に、本件借地権の取得価額の点について判断するのに、原告は、単に右の価額が一四〇万円である旨主張するのみで、その具体的な根拠についての主張、立証をしないところであり(原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件借地の滞納賃料の弁済のため他から借り入れた金員に対する利息損害金として約一四〇万円を支出した事実が認められるが、右が本件借地権の取得額を構成するものでなく、また、譲渡収入から控除される設備費、改良費にもあたらないことは、多言を要せずして明らかである。)原告が本件借地権を昭和二七年一二月三一日以前から引き続き有していたことは当事者間に争いがないのであるから、王子税務署長が旧所得税法一〇条の第三項二号の規定に従つて本件借地権の取得価額を被告主張のように算定したことをもつて違法といえないことは明らかである。
また、原告は、同税務署長が配偶者控除および扶養控除をしなかつたことの違法をいうけれども、旧所得税法二八条の規定によれば、確定申告書にこれらの控除に関する事項の記載がない場合には、その控除に関する規定を適用することができないこととなつており、原告が確定申告書の提出をしなかつたことは、自ら認めて争わないところであるから、原告の右主張もまた採用の限りでない。
されば、本件課税処分の違法・無効を前提とする原告の本訴請求は、その前提そのものにおいて失当たるを免かれないので、これを棄却することとする。
よつて、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡部吉隆 裁判官 園部逸夫 裁判官 竹田穣)
(別紙)
所得計算表
(一) 譲渡収入 五一二万六、一〇〇円
(二) 取得価額等 一万五、三七六円
(三) 譲渡所得 二四八万 三六二円
(四) 所得控除(基礎控除) 九万七、五〇〇円
(五) 課税所得 二三八万二、八〇〇円